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第1巻

Vol.1 十人十色というけれど・・・  Vol.2 胴間声の魅力
Vol.3 Jazz喫茶CANDY  Vol.4 カレー屋ガンジー


 

Vol.1 十人十色というけれど・・・

さて、何から書き始めようか。
「MJ・無線と実験」誌に「音まみれの日々」を連載していた頃から、随分と月日が流れた。その間にサラリーマンを辞め、独立なんぞしてしまったものだから、時の経過が3倍ほど早くなった気がする。  

独立の経緯はいずれ書くことにして、まずは近況を。  
ここ数年、DACだのケーブルだのを持って、お客様のところに行くことが多い。仕事を離れて、全く昔と同じく道楽の仲間として、マニア訪問も相変わらず続いているのだが…。  
俗世間ではオーディオマニアが10人いると10とおりの音があると云われる。それが聴き手の個性だとも。まあ僕もそれを信じていたのだが、最近はチョッと待てよ、という気になってきた。  
従来の概念でいえば、昔のタンノイやアルテックと、最新鋭の巻き貝ノーチラスなんかは天と地か、日本とアメリカほど違う筈でしょう。  
以前、大阪のタンノイを長年愛用されている方をお訪ねした時のこと。あれは確かモニターレッド。最初の一音を聴いて僕は驚嘆。日頃の我が家とそっくりの音。
旧型タンノイとは思えないワイドレンジ、かつフラットな音。よくよく見ると、部屋の端っこでスーパーウーハーが僅かに鳴っているらしい。イオン型のツイータも微かに動作しているとか。 それにしても、こなれた音だったなあ。
 
最近、あの前衛的な巻き貝ノーチラスオーナーの方々とも親しくなった。TADを使っている僕の耳にどう聞こえるのかって?正直にいえば、3,4年前、初めて聴いたときは、清澄だけれど音楽に潜む魔性を感じなかった。ウーハーがもう1個欲しい、とも。
ところがこの夏、異変が起きた。 さる巻き貝オーナー宅で、「出ちゃった」のです。分厚い中低音に包まれ部屋中が音の立体空間に!もうジャンル、年代を問わず、音楽が「鳴る」状態になって、何でも来いの横綱相撲。  そのとき、ノーチラスオーナーが3家族7人がいて、音が決まったその一瞬、全員が「これでいい」と。そう音が「決まる」と、その瞬間は満場一致、首を傾げる人がいない状態になるのですね。  
実はここに集合した全員の方が、その数週間前、我が家にいらして、中低音の厚みに驚かれたのである。ある人なんかはノーチラスはやはりプラスティックの音だ、なんて自虐的な発言もされていた。  
ところが、いざ出ちゃったら、「さっすがノーチラス!凄い凄い」になってTADの私は肩身が狭い。でもその方ノーチラスに惚れているなあ、とつくづく思うのです。  

東京の片隅で、英国風の極めて趣味の良い喫茶店を営む方がいる。アルテック416を2個、600リットルは有ろうかという大型キャビにいれ、悠々と音楽を流している。20数年前の作。ここのカレーは絶品。EMT930が、壊れるといけないから、と3台回っているアナログ愛好家。レコードの洗浄に何か特殊なノウハウが有るらしく、ぴかぴか。スクラッチ皆無。イチゲンの客はCDで聴いていると思うらしい。音が、というより音楽がナチュラル。ノーチラスの最高コンディションの音を聴いた僕の耳に何の違和感も無い。
 
いい音って、そんなに差があるモンじゃないんですよ。僕は最近、そう、発言している。
多くのオーディオマニアが音で悩んでいる。大体悩んでいるときは、酷な言い方だけれど、まあ、あまりいい音じゃない。その音を個性というのは、まあ日本的婉曲表現とでもいいましょうか。  
再生音は大別して、2種類あると断言しましょう。  音楽の生命を感じる音と、そうでない音。生命感が出ると、細かいことは余り気にならない、という結論に達した。  
ところで最近、大発見をした。いい音を出している人の共通項だ。  それは自分の装置、スピーカなりアンプなりを信じているということ。たとえば、自分のスピーカーは世界最高だ、と。今は鳴らなくても必ず鳴るようになると…。

いずれ下取りに出そうとか…。買ったときからそんな邪心を持っていれば、機械だって笑顔は見せないものだ。疑心暗鬼で機械を睨み、音が悪いとボヤいていたら永延に音の女神は微笑まない。いい音を出すコツ。それは至極簡単なことなんですよ。
1 滅多に製品を買わない。
2 見る目聴く耳を育て、基本を押さえる。
3 ここぞという時には、自分の選択眼の名誉をかけて買う。音質の結果責任、自分にあり。

うーむ、いかにも分かった風な発言だな。まるで親爺が息子に説教しているようだ。  
しかし親爺の説教を素直に聞く息子なんて、この世にいない。無駄金を使い失敗を続けながら、自分なりの発見しているときこそ、実はオーディオが一番面白い時期ではないか。これぞまさに道楽。




Vol.2 胴間声の魅力

この夏、桐生でクルトヴァイルをテーマにしたコンサートがあった。そうなると主役は瀬間千恵さん。瀬間さんは60才以上の人には知れ渡った存在だろう。クルトヴァイルの歌い手として日本でも貴重な方である。妖艶な美貌でかつては銀巴里の女王と云われた存在らしいが、鼻垂れ小僧だった僕は往時を知らない。
 
その日、早朝から桐生に向かった。裏方応援を頼まれたのだ。知人の録音ミキサーが本来はやらないPAを行うという。なぜか。実は今回のコンサートには音響的裏話がある。  
演奏会の行われる桐生市民文化会館では定例コンサートが行われているが、その音楽監督が大嶋義実先生。日本では京都市立芸術大学で教壇に立つ先生だが、元プラハ放送交響楽団の主席奏者。実はこの大嶋先生が大のオーディオファンで、音を非常に大切になさっている。通常のコンサートはクラシックなのでPAをいれることは無い。けれど今回の場合は瀬間さんのヴォーカルが主役。PA音響無しとはいかない。しかも途中、ボーカル無しの純然たる器楽演奏が、ノンPAで入る。クルトヴァイルは、純クラシック曲も作曲していたのだ。  
こうなるとホール備え付け程度の装置では、とてもお客様に聴かせられない。生とPAとの落差が激しすぎる。来場の聴衆は殆どが常連さんで、日頃クラシックの生を聴きに来る方。馬力一本槍のイカツイPA機材の音を聴いたら逃げ出すだろう。会場は300人ほどの小ホール。ピアノはスタインウェイ。
 
紆余屈折があって、スピーカーにはパイオニアのスタジオモニタ2404が選ばれた。これに同社の最新機材でデジタルチャンネルデバイダを使い、ホーンドライバとウーハーとの遅延時間を合わせたシステムだ。ウーハーの駆動アンプはFMアコースティック社のFM-1000。
スピーカのセッティングには、パイオニアにこの人有りといわれるH氏。TAD一筋の方。パイオニアといえば僕の古巣。懐かしい顔ぶれに心が和む。  
ケーブル運びなどをやる見習いボーヤはいないから、オジサンの僕がマイクスタンドなどを立てた。 一通りのセッティングが終わって音の調整を始めた頃、早くも瀬間さんが現れた。まだ調整は終わっていない。 会場にPAを入れると、ステージ上にハネ返りモニタがないと演奏がしにくい。これが又音を悪くするので今回は最小の2個。瀬間さんから、歌いにくい、響きが無いと、クレームが。PAスタッフは調整を進める。僕はステージモニタの位置調整に走った。
小1時間ほどで、これで行ける、というポイントが決まった。不思議なもので、この一瞬は、客席側でモニタしている僕達も、会場片隅のPA席のミキサー氏も、主役の瀬間さんも、全員が、「これでいい」とい言い出す。音が決まる瞬間とはこんなものだ。

さて、今回のPAは音を大事にするから、マイクもワイヤレスを使っていない。デジタルチャンデバを使うので、ミキシングコンソールもヤマハのデジタルタイプ。記録メディアを通さず、ADとDAを行って、その場で生楽器の音と空間で合成されるわけだ。生音と仲良く、相性良く合成されないとまずい。会場の前方では、生の音が主体。後方ではPAの音が主体。中央だと半々。そのようなレベル設定だった。  さて、僕は通しのリハーサルと本番。2回をしっかり聴いた。リハのときは会場内の様々な場所で。  
過去に体験したことのない素晴らしいPAだった。これほどナチュラルなPAは聴いたことが無い。僕がどんなに誉めても身内びいきに思われるだろう。しかし、会場にはあの「別れのサンバ」で有名な長谷川きよしさんがいた。後日談だが、自分のコンサートのときも、こういう音でやりたいと。この言葉がなによりの評価だろう。
 
瀬間さんの発声は身体の共鳴を使う。さすが声楽科出身。華奢な体つきからは想像できない太い声も。CDでは仲々これが出ない。最近オーディオ界では使われないが、胴間声という言葉がある。昔のスピーカーはキャビが弱く、響きすぎて胴間声になった。最近はカチカチになりすぎて欲しい響きすら出ない、と思っていた。ところが、今回のコンサートでは、ガッチリスピーカー代表の2404から堂々たる胴間声が聞こえたではないか。瀬間さん自身が、身体全体から発している響きなのだ。  
このライブPAの電気経路はシンプル極まりない。しかも驚くべきはリミッタもイコライザも全てオフ。やりたくても、これが出来る条件が揃うことなど、滅多にないことだ。その意味でも貴重体験だった。  
後日、僕は瀬間さんのCDから、もっとその声の、低音の響きが出せるはずだと睨んだ。間違いない。それはもう確信と云てもよいものだ。

両手のひらで水をすくう。指と指の間、手と手の間に隙間があれば水は漏れる。まともな再生には、一滴の水も漏らさないような神経の細やかさが要求されるのだ。
音にまみれ、格闘すること2週間。どうやら、その求めていた響きが出てきた。今まで出来なかったハードルを越えたとき、あと一歩だった新製品開発の答えが生まれたのである。

CDタイトル:瀬間千恵のクルト・ヴァイル
CD番号:OMAGATOKI SC-5118




Vol.3 Jazz喫茶CANDY

ついこの間のことだが、ジャズ喫茶のCANDYという店に伺った。場所は千葉県のJR稲毛駅前。開業が1976年。少々古びたビルの地階へと向かう階段が急角度で狭い。このあたりは古典的ジャズ喫茶の伝統を十分に踏襲している。古いスピーカボックスのフロントバフルを貼り付けたドアは、ジャズという音楽のアウトローを物語るつもりか、はたまた、それとも破れかぶれのデザインか。で、そのドアをグイと押し開けるとコルトレーンが聞こえてくる。ぷんぷんとジャズが匂う。  

カウンタ越しに振り返った店主を見て僕は、「!」。美人ママの林さんがこっちをみてニッコリ笑っている。ジャズは男の音楽だ、と長年信じてきた僕にはそれだけで奇跡的な光景だ。ジャズ雑誌はどうしてこういう店をもっと紹介しないのだろうか。  
片側がびっしり詰まったレコード棚で埋まった決して広くはない店内が常連客との距離を離さず、親密感を増している。スピーカは当然の如くJBL。15インチ2235Hウーハーと4インチの2450Jドライバによる2WAY。ジャズ喫茶定番の075はなぜか無い。あとで聞いた話だが、林さんの耳がそうささせたという。パワーアンプがFMアコースティクのFM-801。アナログがEMT930でCDがスチューダD730(斜めのパネルの奴です)。  
いやはや全く、一部の隙も無い選択だ。オーディオ好きの常連客が美人ママにお節介して選んだのではないか?この頁を読んでいるアナタ、そういう邪推をしたでしょう?いや、実のところ私も最初はそう思ったのである。ところが、コルトレーンとキースジャレットが好きな林さんが徹底して選び抜いたのがこのラインアップ。オーディオマニアというのは皆さん本当に親切だ。候補になる機器の情報にはお陰で不自由しないらしい。しかし誰が何と云おうが、音だけは譲れない、という彼女は自宅でも4344とマッキンでジャズを聴いているといから只者ではない。  
驚くことがある。日本のオーディオ界では知らぬ者がいないステレオサウウンド誌。上記の機器を選んだとなると、普通はある一時期、この手の雑誌から情報を得たり何らかの影響を受けたりするものである。ところが林さん、この本の存在をつい最近まで知らなかったという。いわゆるオーディオマニアではないことが良く分かる。 では、僕が何故その店に行ったのか。

それは彼女が「プリアンプ探し」の真っ最中で、オーディオショップや友人知人常連客たちから借りまくること15機種。内外の現代ハイエンド機器からビンテージまで、徹底して聴いたという。周りからは、もう諦めなさい、と云われる始末。が、「絶対に満足するものがこの世に有るはずだ」との信念で探しまくったらしい。そして遂にイルンゴという余り有名でないブランドにたどり着いた。つまるところ、僕の作るイルンゴのフェーダーcrescendo205は世界中のプリとの比較から唯一残ったという、大変な栄誉を戴いたことになる。  
僕だってその程度の自信は持って作っている。そうはいっても歴史有る、そして僕自身憧れのEMTやスチューダとFMアコースティックの間に入って、互角の仕事ができたのはやはり嬉しいことだ。
 
さて、このお店の音のことだが。  
通常ジャズ喫茶で鳴っているJBLは荒く、ガチン、バシン、ドシンというイメージが僕には染みついている。しかしCANDYの音はしなやかでナチュラル、かつ力強い。それはイルンゴ製品を入れる前から下地は出来ていた。あと一歩。その決め手に欠けていた時期に、幸運にも僕はcrescendo205を携えて伺ったことになる。音の調整中、クラシックを聴いた。ビバルディのバイオリン曲。バロックバイオリンでビオンディが演奏したものだが、いやはやそのヌケのよさ、しなやかさ。とてもジャズ喫茶とは思えない。考えてみるとJBL以外の主要機器がヨーロパ製であることに気づく。  
とはいえCANDY全体の音調はニュートラルよりややジャズっぽい。僕はカウンターの上に乗せてあったアナログ盤コルトレーンのクレッセントから、ワイズワンをリクエストしてみた。
ウーム、ここまで出ちゃっていいんものか。気持ちが良すぎます。さすがアナログ、EMT。艶があって濃密で、開放的で、きつくなく、迫力が有って深い。  
キースジャレットを聴くと、独特の余韻、響きを取り入れた不変のECMサウンド、そういうものがよく分かる。勿論、縦長の部屋でSP間隔が狭いから音場広がり的要素は感じない。けれど、ホールの響き、余韻の再生は相当なもの。一方で、ジェイムス・カーターがサックスをブリブリ鳴らす迫力は満足の一言。
 
実はこのシステムにフェーダーを納入したとき、パワーアンプの電源を取るコンセントを交換した。金属パネルとか鉄板のプレス枠とか、オーディオ的には決して好ましくない強磁性体が使われていて、システムの中で最も大きな電流を扱う部分故に、影響が大きかったからだ。  
オーディオ機器は接続するだけで音は出る。しかし問題は音が出てからなのだ。プリを交換し、出てきた音を聴き、パワーアンプの電源コンセントを交換する必要性を感じる…。  
こういう一見、直接関係無い箇所まで、音を聴いた瞬間に判断しなければならないところに、オーディオの難しさと面白さが潜んでいるのである。  もしこのお店に行ったなら小型BOXなのに「詰まった」感じのしないスムーズな低音にも注目してほしい。
 
ジャズ喫茶CANDYは夕方6時から夜更けまで営業、日曜祭日はお休み。美人ママはかなりの頻度でジャズの生を聴きに出かけ留守になるそうだから、遠路から向かう人はあらかじめ電話で確認するのが賢明だと思う。幕張メッセに行ったらあと一歩、足を延ばせ!

千葉県千葉市稲毛区小仲台2−5−13電話043-255-1349




VOL.4 カレー屋ガンジー

あれは確か初夏の頃。
新宿東口のパソコンショップ「さくらや」で品物を物色した日の出来事だった。
品数が多い店の中を、あれこれ見てまわったので空腹を覚えた。暑さもあって、なぜかカレーが喰いたくなった。どこかに無いか?
仕事場と違いパソコンが無い。最近は知りたいことがあると何でもまずパソコンで検索するようになったから、こういうときは方位磁石を持たないで砂漠を歩きだすような気分におそわれる。
昔は違ったぞ。
盛り場なんぞの店は嗅覚で探すものだ。とりあえず虚勢を張って歩き出すことにした。
するとどうだろう。ものの3歩も歩いたかどうか。匂いがする。カレーの匂いが。その匂いにつられて行くと、路地裏にある、すすけた建物の入り口にメニュー看板が立てかけてある。こういうちょっと古くてヤバそうな店は、地元の固定客がいるということだ。間違いないと踏んで、階段をあがった。ロックビートが聞こえる。
混んでいたのでカウンタ席に案内された。
カウンタの中では若い男の子が皿に飯を盛っている。その手前に、つまりカウンタに座った僕の、目の高さよりやや高い位置に何やら異様な、しかしどこかで見たようなものが、存在している。カレーの油が染みこんだ年期の入った店の雰囲気の中で、そこだけが神秘的な空気に包まれている。
背筋を伸ばして、その物体を上からみた。
思わずニヤリとしてしまった。
ウイルソン・ベネッシュ。
アナログプレーヤだ。
しかし、出力ケーブルも接続されていない。カートリッジも無い。
ななだか変な店だ。ディスコでもないのに。
心を落ち着かせ見渡すと、カウンタ席の横にはそびえ立つラッパがある。あのB&W社が、巻き貝ノーチラスより前に製作していた白いサキソホーンのようなスピーカ、(Emphasisというらしい)が空中に浮いている。いやよく見るとその下に、年代物の、あれは多分ヤマハの伝説的SPである1000番が置き台にしてあった。
あれだけ奇抜なデザインだから、一際目立つはずだが、店内の空気に完全に埋没している。本来白いスピーカだと思うが、店の油煙と煙草の煙などもこびりついるからだが、それもまたよし、だ。
アンプやCDプレーヤはアキュフェーズとかSONYのもが何台も積み上げられて、狭い店内をなお一層狭くしていた。

言葉で書くとダラダラと長ったらしい。けれど僕は専門家らしく鋭い眼光で見渡し、一瞬でこれらの状況を見抜いたのだ。
この店の店主はだれだ。
マニアっぽい顔を探したけど見あたらない。
さりげない顔で、カウンターの中の若い男の子に声をかけた。
「面白いSPだね」
「親父が好きなんですよ」
今時の若者のように語尾を「ですよオッ」と言わないところに好感をもった。
でも、どうやら、オーディオの話を出来る相手はいないらしい。
ロックのビートになぜだか、ノスタルジックな響きがあって、心惹かれるものを感じた。
「これは、誰のCD?」
「ヨーロッパに近いロシアあたりのグループみたいです」
すると、
「タワーレコードで見つけたんです」
と、カウンタの中から女の子が出てきてジャケットを見せてくれた。もちろん知らないグループだけど。
こういうメジャーPOPSでないものを選んでかけている所を見ると、多分マニアの道に踏み込んでいるのだろう。
「いい選曲で、いい音だね」
「ありがとうございます」
礼儀正しい若者だ。
多少汚れたようなその音は、店の空気と一体になって、かえって相応しい。
全く無意識に店に馴染んでしまったようなその音が、日頃、実力眼一杯の音と対峙している僕の緊張を心地よくほぐしてくれた。
高級オーディオ雑誌が日本全国でわずか1万部売れるかどうか、とも噂されるオーディオ業界。マニア人工は極めて少ないはずだ。人で溢れる新宿の雑踏に石を投げてもオーディオマニアにぶつかる可能性なんて宝くじ当選以下の確率ではないのだろうか。
思わぬところで思わぬ音に出会い、僕は巡り合わせの運命を感じた。

あ、お店の味の方ですか?
空腹と音と音楽のせいもあって、僕はぺろりと平らげたました。結構、辛いですけど。

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